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地球生活NEO
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サバイバルキャンプ@西表島【海編】

サバイバルキャンプ@西表島【山編】からの続きです。


ジャングルの縦走からようやく出てきて、いよいよ船浮のイダの浜から西側の海を歩きます。



このルートは大潮付近の干潮の潮位が低くなるタイミングをねらって行きました。



>>Day 10【イダの浜〜網取湾】

海ルート初日は文句なしの晴れ。

この日の昼の干潮は11時くらいだったので、
前後2時間を歩くとして、9時くらいにイダの浜を出発しました。

干潮の潮位は58センチ。

この数字がどのくらいなのかまだ初日の私にはよくわからなかったけど、
このルートのことをいろいろ教えてくれたナイヌ浜で会ったおじさんの、
「おれはいつも60切ったら行っちゃうね」という言葉を参考に、
60センチを下回るこの日に出発することにしました。

前日までの生い茂った山の中の細い道を歩くのと違って、
海岸はかなり開放感があってそれだけでテンションがあがります。

最初はなるべく水に入らないで行きたいと思っていましたが、
そんなことは無理だと出発後すぐに悟りました。

といってもまだこの時はひざ下くらいまで。


イダの浜の隣の砂浜を歩いていると、半分砂に埋もれたシルバーシートを発見。

砂をはらって広げてみたところどこも破れていない様子。

実はこの時ちょうどタープになるようなシートがほしいと思っていたのですが、
なんとこのシート、ラッキーなことに私がほしいと思っていたベストのサイズだったのです。

もちろん持っていくことにしました。


海岸の漂着物の多さに目を奪われながら、しばらく何事もなく歩く。

しかし、そのうち最初の難関がやってきました。

船浮のある半島とは別の細長い岬みたいになっているところの突端あたり、
上の地図ではサバ崎と書いてあるちょっと手前にコンクリートで作られた船着き場があって
そこから舗装された急な坂道を登って行くと灯台みたいな建物があります。

この灯台から反対側に下りられる道があるのかと思って行ってみたら
どうやら行き止まりでした。

このあたりの海岸沿いは断崖絶壁なので、なんとかしてここを突っ切って行きたかったけど
周辺一帯はアダンという葉っぱが硬くてトゲトゲの植物が生い茂っていて
それをかき分けて行くことは不可能に近い。

仕方なく海岸沿いのかなり高い崖の上を
アダンの木につかまりながら進んでみることにしましたが、
途中で足場もなくなりすぐにそれが無謀な挑戦だったということがわかりました。

これで海を歩くしか選択肢がなくなってしまったので
崖の下におりて海に下りられそうなところを探し入ってみることにしました。

水がきれいで透きとおっていて底が見えるのでだいたいの察しは付いていたのですが、
ズボンを股下までまくり足を入れてみるとやはり結構深く、
それでも足場を選んでなんとか進んではみたものの、恐怖心が先立ってしまい、
ひとまずまた陸に上がることにしました。

そして、もう一度なんとか頑張って崖の上を行ってみようと思い、
無謀だとわかりながらも最初行った時よりもさらに奥へ進んでいきました。

その時、「あれなに? 人?」という女性の甲高い声が、
おそらく少し離れたところを通っていた観光客を乗せたチャーター船から聞こえてきました。

この時の私は重いザックを背負って
断崖絶壁にロッククライミングのようにへばり付いている状態で、
先へ進もうにももはや無理で、かといって引き返そうにも
かなり慎重に行かないと危険という緊張感の中にいたので、
のんびり観光しているであろうその女性が少しうらやましく、
そんな危機的状況を遠くから見物されているのが恥ずかしくもありました。

このまま危険を冒して進んで行って万一落ちてしまえば
どうせすべてびしょ濡れだし、怪我もしてしまうかもしれない。

私は絶対そうならないという自信がなかったし、
どうせすべて濡れてしまうくらいならやはりある程度濡れるのを覚悟で
最初から海を行く方がいいと思いなおし、ふたたび下におりて海に入り
崖に手を付けバランスをとりながら意を決して歩きはじめました。

水深は私の腰あたりで背中のザックは何とかセーフ。

はじめはドキドキでしたが、進んで行っても水深は変わらず、
岩壁に手を付けながら注意深く足場を見ていれば意外と安全に歩行でき、
次第に慣れてきて水の中が気持ちよくさえなってきました。

なんとか無事に岬の反対側の砂浜に上陸成功。

この時はちょうど干潮くらいだったので何とか行けたけど、
潮位がもう少し高かったらまた状況は違っていたかも。


ここから網取湾の浜までは距離はあったけど特に難所もなく比較的歩きやすかったです。

ただ、途中いきなり前方から犬を連れたおじさんが歩いてきて、
船浮から西はほとんど人などいないと思っていたのでびっくり。

網取湾の浜に犬を連れたおじさんが住み着いているという話は聞いていたので、
すぐにその噂のおじさんだとわかりました。

この犬はあまり主以外の人には慣れていないのか、
すごい勢いでしつこく吠えまくられました。

「ベン!」

さっさと一人で先へ歩いて行ってしまったおじさんが
やっと犬を呼んでくれてようやく解放されました。


この日の目的地、網取湾の浜に到着。

砂浜を歩きながらブッシュの中にテントが張れそうな場所を探していると
一か所だけ大きく開けていて奥まで広い道ができているところを発見。

しかし、すぐにそこはさっきすれ違ったおじさんが
住んでいるところだと思いとりあえずスルーしました。

そこから少し離れたところに適当な場所が見つかりテント設営。

続いて水場を探しに行くことにしました。

ブッシュの中から砂浜に流れ込んでいる水の流れがあって、
その上流に行けばきれいな水がありそうな気がしたので沢の奥を目でをたどってみたところ、
どうやらさっき見つけたおじさんの住居に続いていると思われる道を
通って行くのが手っ取り早そうだったので早速、砂浜にある入口から入ってみました。

一応、「すいませーん、おじゃましまーす」とか言いながら。


・・・が、奥に行ってみてびっくり!!


ブッシュの中はガッツリ開拓されていて、かなり広いスペースが広がっていました。


網取湾ウダラ浜の開拓された土地


砂浜から見た感じではブッシュの中がそんな広くなっているとは
まったく想像がつかなかったので本当に驚きました。

その広い敷地の中にはブルーシートで作られた大きなテントが2つくらいあって
何よりも衝撃だったのは、それ以外のスペースにはさとうきびやバナナなどのほかに
しっかりと畑も作られていて何かの野菜も栽培している様子でした。

・・・すごい!!

私のやりたいようなことが目の前に広がっていたので、
驚きを通り越し、感動してしまいました。

こんなところにこんな感じでコミューンを作って生活したら楽しそうだ・・・

そんな妄想をしばらく楽しんでいました。


予想通りこの敷地の奥から流れていた沢で水を確保し、
簡単に水浴びをして、テントに戻ってみるとこれまたびっくり!

テントの入り口のすぐ手前をアリの大行列が横切っていたのです。

行列しているアリを払いのけても次から次に同じルートを通ってくるのでまったく意味がなく、
いろいろ試行錯誤してなんとかルートそのものを少し離れたところに変更させることに成功。

これはこれで楽しかったです。


夕方、潮が満ちて干潟が完全になくなったころ、私が食事の準備をしているときに、
小型の舟に乗せてもらっておじさんと犬が帰ってくる場面がありました。


湾はほとんど波もなく、とても静かで癒される夜でした。



>>Day 11【網取湾〜崎山】
天気はくもり。強い風が吹いていました。

出発を予定していた干潮の2時間くらい前になるころには、
網取湾にはふたたび広範囲にわたって干潟が出現。

最初はその干潟をすいすい歩いていたものの、
湾の西側にさしかかるとそこは岩場を上ったり下りたりして進むルート。

しかし、そのうちどうがんばっても岩場を進むことができない場所が出てきました。

下りて海を歩くにも底がはっきり確認できず深そうに見えるので躊躇しましたが、
岩壁にへばり付きながら岩壁伝いに続く高い足場を慎重に確保すればなんとか行けそうでした。

それでも水位は私のベルトの位置くらいで、
少しでも岩壁を離れればどれだけ深いのかわかりません。

おまけにこの日は風が強く波が立っていたので水位が安定しないどころか
波の力でバランスが崩れそうにもなりました。

しかし、それだけでは終わらずさらに大変な状況が待っていました。

そこまで岩壁伝いに続いていた海中の足場が途中いきなり1メートルくらい切れていたのです。

引き返すことなどをちらほら考えたりなんだりしてしばらく立ち往生したあげく、
ようやく観念して、一瞬手の力だけで岩壁にぶら下がりその溝をなんとかまたぐことに成功。

こんな感じで岩場や岩壁がしばらく続き、海の中を結構長い距離歩くことになりました。

ちなみに背負っていたザックをあとで見たら下の方は濡れていました。

網取湾を出るのは本当に手強く、緊張の連続でした。

もしかしたらここが西岸ルートの最大の難所だったかもしれません。


やっとの思いで網取に到着。

網取は西表島にいくつかある廃村の一つで、現在は東海大学海洋研究所があります。

以前は週1回白浜と結ぶ定期船があったらしいけど、
それもなくなってしまったので、今では交通手段がまったくありません。

私のように船浮から歩いて来るか、船をチャーターして来ることになります。

特に何があるというわけでもないので
わざわざ網取に観光に来る人もほとんどいないと思いますが、
当時の村の跡が今でも残っているので、
私のように遺跡が好きな人にはなかなか面白いかもしれません。

網取入口
網取村跡入口

あんとぅりの碑
網取村跡の碑

網取集落跡
網取村跡


昼食休憩がてら網取村跡を少々散策した後、まもなく半島の西側へ回り
岩場を歩いたり砂浜を歩いたりを繰り返しまたひたすら歩き続ける。

途中、砂浜を歩いていると遠くに得体の知れない何かが見え、
近づいてみるとなんとびっくり、それはウミガメでした。

ウミガメ遭遇
ウミガメに遭遇


しかし、よく見ると悲しいことにすでに息絶えていました。合掌。

産卵に来て卵を産むことなくそのまま力尽きてしまったのでしょうか。


網取湾をぬけて西側の半島を回ってくるとそこはまた湾(崎山湾)になっていて、
すでに干潮から1時間くらい過ぎていましたがまだ広大な範囲が干潟になっていたので、
多少足は沈むものの岩場や砂浜を歩くよりはるかに歩きやすく、
かなりの距離をショートカットできました。
崎山湾小島
引き潮でむき出しになったマングローブと小島


崎山湾の干潟


ちなみに、崎山も西表島の廃村の一つ。

今でも御獄が残っているという話を聞いたことがあるだけで、
他に何の情報もなかったので深入りしませんでした。


崎山湾を過ぎるとこの日の宿泊予定地と思われる砂浜に到着。

テント適地を探しながら浜を歩いていると、遠くに何やら動く物体が・・・イノシシでした。

私の存在に気づいてもそのままうろついていましたが、
ある一定の距離になるといきなり茂みの中へ猛ダッシュして行ってしまいました。


ちょっと砂浜の奥行きが狭い気がしながらも、
まあ大丈夫だろうということで適当なところにテント設営。

風が強かったけどここはブッシュの中にテントが張れなかったので風除けのために
早速数日前にゲットしたシルバーシートの設置を試みるもなかなかうまくいかず、
漂流物などをしようして思考錯誤の結果なんとかしっかり固定できました。

テント設営
シルバーシート設置


浜の西の端に川の流れが止まって沼みたいになっているところがあって、
上流に行けばもしかしたら水場があるかもしれないと思い水溜りの脇を歩いていると、
突然、足が深く埋まってしまい、抜こうと思ってもう片方の足で踏ん張ると
さらに膝くらいまで沈んでしまい一瞬ヒヤッととましたが、
這いつくばってなんとか脱出成功。

結局、水にはありつけませんでした。


テントの前で夕食の準備をしているといつの間にか意外なほどに潮が満ちてきていて、
満潮でどこまで上がってくるか正直不安でドキドキしながらしばらく潮のラインを観察。

最終的にテントから5歩くらい(上の写真の切れ目あたり)まで来たところで、
なんとか無事に満潮の時間をむかえ次第に潮が引いて行った時は胸をなでおろす思いでした。

この日の夜は大きめのたき火をして、他に誰も人がいないということで、
素っ裸になって砂浜をうろうろしたり、火を見ながら原始人の気分を味わったりという
一人遊びをしました。・・・変でしょうか?


夜中に強めの雨が降ってきて、シルバーシートだけではすべてカバーできずテントの中に浸水。

雨の中、フライシートを張りました。



>>Day 12【崎山〜半洞窟】
雨はやんだけどいまいちぱっとしない天気。風があり海は朝からしけてる。

この日の干潮は昼過ぎだったので、
午前中は暇つぶしに海岸に無数に散らばる漂着物を見物。

漂着物といえば聞こえがいいけど、要するに海岸のゴミ。

船浮からずっと海岸沿いを歩いてきてそのゴミの多さに驚いていたけど、
だんとつでいちばん多いのはペットボトル。

ペットボトルは尋常じゃないくらい大量に落ちてます。

ペットボトルがなかった時代はこれらのゴミがすべてなかったと思うと、
便利なものだけど、ちょっと考えてしまいます。

2番目に多いのが漁業で使う浮きやブイ。これはまあ仕方がないですね。

その他にはサンダルや、なぜか電球や蛍光灯も多かったです。

漂着物
漂着物


しかし、私のようにキャンプしながら歩いていると、
これらの漂着物が役に立つ場面があったりもするのです。

もちろんペットボトルは余分に水を汲むのに使うこともあったし、
シルバーシートを設置するのに利用した竹(上の写真参照)と一部の紐も漂着物です。

さらにこの日はこんなものを見つけてしまいました。

漂着物1

未開封の韓国製のインスタントヌードル。

賞味期限らしき日付は一年くらい前でしたが、
もちろん後日ありがたく食しました。(決しておいしいとは言えない味でした)


さて、干潮1時間前くらいに出発。

歩き始めてすぐ、この日泊っていた浜が本来泊る予定だった浜の
一つ手前の浜だったことがわかりました。

海がしけてて波が高い中、沖のリーフの端に数人の人がいるのを発見。

このあたりにはもう人なんかいないと思っているから、
こうやっていきなり人に出くわすとちょっとびっくりします。

次の大きな浜(前日に泊る予定だった浜)に小型の船が停泊していて、
近場のリーフでも数人が下を見ながら貝でも探している様子。

沖にいる人も含めて男女総勢5〜6人。

この日くらいからかなり潮位が下がるので、海の幸を求めて
みんな同じ船で来たのでしょう。

この浜を過ぎたあたりの岩場が西表島の最西端地点で、
ようやくここから島の南側に入ってきます。

このあたりに来ると潮がだいぶ引いてはきたものの、リーフの端は依然波が高いまま。

波の余波がリーフの上にも伝わってきて多少の緊張感はありましたが
リーフの上を歩きはじめました。

場所によってはリーフが完全に干上がっているところも出現。

ひたすら歩き続けます。

西表島西側のリーフ
干上がったリーフ


途中どこかいい場所があればそこでキャンプをしようと思っていて、
それでこの日は干潮1時間前に出発というのんきなスケジュールを組んでしまったけど、
このあたりの海岸沿いはどこまで行っても岩場の連続でテントが張れそうな砂浜がまったくなく、
思い切って鹿川を目指すことにしました。

海岸の崖に小さな滝になって流れる水場を横目に見ながら、
いちいちそこまで行くのも面倒だし、鹿川に行けば水場には困らないと聞いていたので、
持っている残りの水の量は心細かったけどスルーしていきました。

しかし、鹿川まで行くという計画が無謀なものだということをやがて知ることになります。

出発時間が遅かったせいもあり、次第に潮が満ちてきて、
リーフの外まで岩場が突き出ているウビラ石の少し手前あたりから
ふたたび岩場を歩きはじめました。

ウビラ石を過ぎたあたりにも少量の水場があったけど、スルー。

いつからか降り続いていた霧雨が次第に本降りになり、
岩場がつるつるすべりはじめてきました。

また海に下りてリーフの上を歩くことを試みるも、すでに太ももくらいまで潮が満ちていて、
波もあったので、もはや海を歩くことは困難。

しかし、岩場は体重を足にかけるのは危険で、
常に四つんばいでしかも慎重に行かなければならず、やがて気力体力とも落ちてきました。

こんな状況の中で、向かう先は見渡す限りどこまでも続く岩場。

鹿川には一向に着く気配がなく、正直途方にくれました。


岩壁がえぐれて半分洞窟みたいになっている場所があるという話を
このルートのことをいろいろと教えてくれたナイヌ浜で会ったおじさんに聞いていて、
それがこの周辺だったような気がしていたので、それが一つの希望でした。

とはいえ、水がもうほとんどなかったので、
その半洞窟の近くにもし水場があれば今日はそこに泊ろうと思っていたところ、
いつの間にかどこかから水の流れる音がしているのに気が付いたのです。

間もなく岩の間を勢いよく流れる水場を発見。・・・よし、水場はあった。

あとは話に聞いていた半洞窟が近くにあれば最高だ、と思いながら
少し先に進むと・・・あった!

なんとその半洞窟は水場からいくらも離れていないところにあったのです。

なんという幸運!

ただ、半洞窟の中は周辺と同様に大きな岩がごろごろしている岩場で
テントは張れそうもなかったので、泊ることを少し躊躇はしながらも
とりあえず水場もあって一晩雨をしのげる場所が見つかっただけでも良かったと思い、
適当なところにひとまずザックを降ろしました。

すると、ごろごろと大きな岩がひしめき合う中に、
なんと私のテントがちょうど張れそうなサイズの平らな岩があったのです。

実際にその岩の上にテントを広げてみると・・・なんとピッタリ!

なんという奇跡だ!!

西表島沿岸部半洞窟テント岩
名付けて「テント岩」

西表島沿岸部半洞窟テント設置
テント岩に張ったテント。奇跡です!!

西表島沿岸部半洞窟
半洞窟


これでこの日は何の迷いもなくこの半洞窟に泊ることを決めたのでした。



>>Day 13【半洞窟〜鹿川】
半洞窟泊の翌日は干潮が午後。

午前中は瞑想したり、写真撮ったり(上の写真はこの時撮影)してのんびり過ごし、
干潮2時間前にはすでにリーフが見えていたので出発。

リーフを歩きながら海岸の岩場を見ていると、
途中、海を歩かない行けないところがあることがわかりました。

つまり、前日もし半洞窟を通過して雨でつるつるすべる岩場を
無理して進んで行っていたとしても、結局途中で先へは進めず
鹿川にはどう頑張ってもたどり着けなかったというわけです。

この時、あらためて水場と半洞窟、そしてテント岩に感謝しました。


鹿川はもうそんなに遠くはないという気がしていたし、
時間も余裕を持って出発していたこともあり気持ちにゆとりがあったので、
リーフの上を歩いているときに何度も目にしていたシャコ貝を
この日初めて採ってみることにしました。

よくわからないながらも、島の詳しい人に聞いた話を参考になんとか採取成功。

シャコ貝は大きいものになると貝殻がずっしりと重いので、
貝殻はその場に置いてきて中身だけ何かに入れて持って行くのが賢いです。

はじめての採取ということもあり、
その犠牲になってくれたシャコ貝に感謝の意味を込めて、
何も付けづにそのままの味で食いちぎって食べてみました。

貝柱はさすがにそのままでも美味でした。

それ以外の部分はおいしいと言えばおいしいけど、なんだかちょっと生臭く
やはりしょうゆに付けて食べたい感じでした。


シャコ貝をかじりながら、シャコ貝パワーでひたすら歩いていると、
鹿川手前の砂浜が見えてきて、ここまでくれば一安心と思い、ほっとしました。

この日は天気がよくとても快適に気持ち良く歩けましたが、
鹿川に向かって北上して行くこのあたりはサンゴがごつごつしていて、
足袋を履いているとずっと足つぼマッサージの上を歩いているような感じで
足の裏がかなり痛かったです。


干潮をちょっとすぎたくらいの時間にようやく鹿川到着。

砂浜を一通り歩いて見たあと、最終的に南の端の方にテントを張りました。

ここまで来る途中に釣り船を一艘見かけたのと、
鹿川湾の北側の岩場に停泊している大きな船があるくらいで、
浜には私以外誰もいない様子でした。

鹿川には洞窟があるという話や、その昔、一人のじいさんが
仙人のような暮らしをしていたという話を聞いたことかあったので
どんな所なのか来る前から興味がありました。

一段落して砂浜に流れ込んでいる川の上流に水場を探しに行こうとしたところ、
なにやら怪しげなどうくつを発見!

私は目の前に見ているその奇妙な光景に一瞬言葉を失いましたが、
やがて驚嘆し、アドレナリンがガンガン出てきました。

その洞窟には完全に人が住んでいた形跡あり、
それも原始人のようにただ洞窟に寝泊まりしていたのではなく、
何か得体の知れない材料を使って屋根や壁やドアなど(雨どいまである!)を自作して、
洞窟を利用した小屋のようなものを作って住んでいた形跡がはっきりと残っていたのです!

鹿川の洞窟全景
鹿川の洞窟全景

鹿川の洞窟一部

鹿川の洞窟屋根
屋根接着部

鹿川の洞窟雨どい
雨どい

動画もあります

鹿川の洞窟


恐る恐る、しかし丹念に隅々まで観察させていただきました。

噂に聞いていた仙人のようなじいさんが作ったものなのか、
あるいは他の誰かが作ったものなのかわからないけど、
無人島だろうがどこだろうが生きていけそうなこの生命力に
私は驚きを通り越して深く感動し、尊敬してしまいます。


さて、鹿川到着のこの日は満月。

しかし、夜は雲がかかってしまい、この旅の最中ずっと楽しみにしていたのに
せっかくの満月を愛でることができませんでした。



>>Day 14【鹿川】
この鹿川の浜にも大量に散らばっている漂着物を見ながら砂浜を散歩。

私はサンダルを持っていなかったので長距離を歩く時以外は基本的に裸足でしたが、
ここでは水場に行くときに裸足では少々不安な場所を通るので、
手頃なサンダルがあればと思っていました。

サンダルはあり余るほどたくさん落ちているものの、壊れていたり、
壊れてなくてもサイズが合わなかったり、サイズが合うのが右足ばかり見つかったりする中で、
ようやく両足見つけることができました。感謝です。

サンダル
浜で拾ったビーサン


そしてもう一つ。

前日ここまで来るときにかなり痛くて、サンゴの上を足袋で歩くのはもうこりごりだったので、
底の厚い靴があればいいなあと思っていたところ・・・

なんと見つかってしまいました! 感謝です。

靴
浜で拾った靴(左足はぶかぶか、右足はちょっときつめ)


靴はあまり数が少ない中でなんとか履ける靴を両足ともゲット。これは奇跡的です。

この日は今回の大潮でもっとも干潮の潮位が下がる日。なんとマイナス4。

干潮2時間前にはリーフが現れはじめました。

早速ゲットした靴を、これまた拾ったロープを巻いて足に固定し、
夕食のシャコ貝を採りにでかけました。


このあたりはリーフの上を30分も歩けば、
大小さまざまなシャコ貝をたくさん見つけることができます。

ただ、その中でどれを採るかが悩むところ。

夕食にはそれなりに大きいものなら2個採れれば十分なので、
いざ目の前に大きいのを見つけても、
もっと大きいのがいるかもしれないと思うとむやみには採れないのです。

そこで採らずに別のを探して歩きはじめ、
あとで採りに戻ってこようとしても同じものを見つけるのは困難。一期一会です。

どこで妥協するかという感じでした。


ちなみに私はシャコ貝一筋。他には何も採りません。

特に理由はないけど、その方が探すのもわかりやすいし、それだけで十分満足だからです。

シャコ貝
シャコ貝


採ったシャコ貝は、貝柱や柔らかい部分は刺身で食べて、
あとは炊き込みご飯にしたり、味噌汁に入れたりして食べました。

すべておいしかったです。

シャコ貝炊き込みごはん
シャコ貝の炊き込みご飯とシャコ貝の味噌汁


ちなみに拾った靴は、足の裏はまったくいたくなかったけど、
右足の靴がきつくて小指が痛くなってしまい、かかとが靴ずれしたので、
一日で履くのをやめました。



>>Day 15【鹿川】
引き続き鹿川泊。

シャコ貝を採るのに使っていたきび刈りのナタを、
前日どこかに置き忘れてなくしてしまったのでどうしようかと思っていると、
偶然にも洞窟の中で小さなバールを発見。感謝です。

いろんな場面で何かとうまく事が運びます。


この日は昼に南風見田からカヌーで来たという親子連れが登場し、昼飯食べて帰って行ったり、
小型の船で来た地元の人らしき5〜6人が周辺でいろいろ採って帰って行ったりしました。

そして夕方、南風見田方面からバックパック背負った若そうな男の人が歩いてきて、
この浜で2、3泊するという話でした。



>>Day 16【鹿川〜ナイヌ浜】
3泊した鹿川をいよいよ出発する日。

前日に南風見田から来た彼が、
となりの浜から登って行った山の中にあるという鹿川の廃村跡に行くという話を聞いて、
自分もかなり行きたかったけど、出発時間を気にして行くのも中途半端なのでやめました。

とはいっても、潮が引くのは昼を過ぎてからだったので、
洞窟の中に置いてあった手塚治虫の「天地創造」を読んで潮待ち。


鹿川を出発して南岸を東に30分くらい行くと
話に聞いていたこの旅の最後の難所がやってきました。

ここは6メートルくらいリーフが切れていて先へ進むことができず、
岩場を行こうとしても反対側が崖になっているので下りられないという場所。

ここを突破するには、反対側のリーフまで泳いでいく方法が一つ。

ただ、ここはサメが出るという噂もあって泳いで行く人はあまりいないようです。

もう一つは、山の中を迂回する方法。

これがいちばん現実的な道だけど、一つ問題なのは山に入る入口がわかりずらいという点。

私はこの山越えのルートのことを例の親切なおじさんに詳しく聞いていて、
入口には目印の浮きがあるということはわかっていました。

しかし、やはり噂どおりその浮きがぜんぜん見つからないのです。

一つ入口のようなところがあったけど入って行くと茂っているし、その前に浮きがない。

私は例のおじさんが見せてくれたこの山越えのルートが書き込んである地図を
携帯のカメラで撮らせてもらっていたので、それを何度も確認しながら行ったり来たりして、
ようやく目印の浮きが私の目に飛び込んできました。

結局、入口を見つけるまでに40分くらいかかりました。

目印の浮きを発見した時は絶叫するほど嬉しかったです。

途中、道に迷う場面もありましたが、なんとか出口あるの砂浜までたどり着き山越え成功。

ここまで来てしまえばあとはリーフの上をただひたすら突き進むのみ。
不安要素はもう何一つないスッキリした気分でした。

荒野のように見渡す限りの広大なリーフをどこまでも続くかと思われるほど歩き続けました。

西表島南岸のリーフ
広大なリーフ


途中どこかの砂浜で1泊することを考えていましたが、
体力的には問題なかったので、潮が満ちてくるまで行けるところまで行こうと歩き続けていると
今まで歩いてきた他のところと比べて南岸はリーフが高いみたいで、
もうとっくに干潮を過ぎているのにまったく潮が上がってくる気配がなく、
結局ナイヌまで来てしまいました。

行こうと思えばボーラや南風見田までも行けたけど、
あえてそこまでする必要もなく、この日はナイヌに泊ることに。

しかし、さすがにここまで来ると茂みの中はどこもテントがあって満室状態。

東の端の岩場の近くのちょっと奥まったところにちょうどいいスペースがあって、
浜からは丸見えだけど一泊だけだったので、そこにテントを張ることにしました。


リーフからナイヌに上がってすぐの岩場のところで
油断したのかダイナミックにすっころんでしまったことが、この旅の最後の試練でした。



>>Day 17【ナイヌ浜〜豊原】
最終日は、慣れ親しんだきび畑を眺めながら
きび刈りでお世話になっていた豊原の家までのんびり歩いて帰り、
山の縦断から始まった16泊17日のサバイバルキャンプの幕を閉じました。




>>あとがき

今回はじめて海岸を歩くということをしてみてまず最初にビックリしたのは漂着物の多さ。

海は世界とつながっている。そう実感させられました。

これをただのゴミの山と見てしまえば確かにそうなんだろうけど、
私のように最低限のものを持ってサバイバルキャンプする身にとっては
必要な物資の供給場所に見えてくるのです。

特に何の目的もなくどんなものが落ちているのか見ているだけでも面白いですが、
その中から使用可能な必要な物資を見つけたりするとさらに楽しいです。

もし万が一、無人島でサバイバルをすることになったら海岸で物資を探すのも一つの手です。

その島にはないいろんな役立つものが海岸に行けばあるかもしれません。

流木はもちろん、竹、板材、角材などもあり、
これらをロープや投網などをうまく使って組み立てれば簡易的な小屋くらい作れそうだし、
あるいはこれまたたくさん落ちている浮きやブイと組み合わせれば
イカダだってすぐに作れると思います。

イカダはよっぽど作ろうかと思いましたが、必要な場面がなかったので結局作りませんでした。



私は旅の途中、シルバーシートやサンダル、靴、ロープ、バール、
食糧(インスタントヌードル)などいろんなものを拾いました。

これは今までにこのブログでも何度か書いていますが、
必要なものを必要な時に必要なところへ与えてくれるという宇宙の法則を、
今回のサバイバルキャンプでも、こうやって毎回いろんなものを見つけるたびに
あらためて実感させてもらえたような気がします。

何よりもそれを感じたのは、半洞窟のゴロゴロした岩場の中で
ちょうど私のテントが張れるサイズの平らな岩を見つけたとき。

あれは奇跡的した。



さて、今回の一連の旅にサバイバルキャンプという言葉を使ってみましたが、
実際私がどこまでサバイバルすることができたのかその判断は人それぞれだと思います。

テントや寝袋、ライターや食糧などをまったく持たずに
大自然の中にほっぽり出されても生き延びることができる生命力。

これが私の究極の理想ですが、これはあくまでも理想というか憧れで、
実際はそこまで追求する気はありません。

この旅では大自然の中で動植物を観察する機会がたくさんあり、
その中で私がよく思ったのは、人間だけがいろんな持ち物を必要としているということ。

自然界に生きる動植物は、自分の食糧はもちろん、何か道具が必要だったとしても
すべて自然界にあるものでまかなうことができるのです。

暑かろうが寒かろうが雨が降ろうが、どんな状況であろうと自分の身は自分で守り、
本能のままにただ生きることのみに執着して瞬間瞬間を生きている姿こそ純粋で、
迷いがなく、自然の一部であり、自然と同化していて、
宇宙の完ぺきなリズムの中に生きているように私には思えて、
美しく見えるし、尊敬の念さえ湧いてきます。

自然に受け入れてもらいたい、自然の仲間に入れてもらいたい、
自然に生かされたい、自然とともにありたい・・・。

こういう気持ちから私は自然の中でサバイバルをしてみたくなるんだと思います。




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サバイバルキャンプ@西表島【山編】

サバイバルキャンプ@西表島【序章】からの続きです。


約4ヶ月やっていたきび刈りが終わり、
そのあとも植え付けや除草剤散布などの仕事があったけどそれも終わり、
いよいよキャンプ出発の日を迎えました。

当日の朝は雨。
でもいざ出発の時間になると雨はあがりました。

私が住み込みをしていた豊原から縦走出発地点の大富(林道の施錠地点)までは、
親方のSさんが軽トラで送ってくれました。

本当は反対側の浦内川から大富へぬけてくるのが横断道の正規のルートとされていて、
縦走をするほとんどの人がそれで行くみたいだけど、
いろんな都合があって私は逆走になる大富スタートにしました。


>>Day 1【大富〜第一山小屋跡】

林道の施錠地点を出発してしばらく歩くと途中から急な上り坂がひたすら続きます。

横断道入口の大富口までは意外と距離があって、さらに太陽も出てきていたので
早くも汗でTシャツがびしょ濡れ。

西表の横断道は急ぎ足で1日、大抵の人は途中で1泊して行くようなルート。

私はそれを最低でも2泊、いい場所があればそれ以上するつもりでいました。

だから、特に急ぐ必要もなく、暗くなるまでに宿泊予定地に着ければよかったので、
汗だくになってきたらゆっくり休憩しながら行きました。

しかし、林道の急な上り坂で早くもバックパックの重さが応えてきました。

この時は西側の海のルートも入れると2週間以上の行程を予定していたので、
途中通る売店で食糧を調達することも考えながらも、
米やみそなどはだいたい全行程分くらいの量(少なく見積もって)はあったし、
そのうえ、住み込みの自炊で残った大根が半分くらいあったり、
重みの増すバナナを数本なぜか持ってきていたりと、
その他もろもろ、食糧だけでもそれなりの重量になっていたと思います。


そうこうしているうちに横断道入口(大富口)に到着。

西表横断道大富口
横断道入口(大富口)


いよいよここからはブッシュの中を歩きます。

思っていたより道幅が狭く、大人ひとりやっと通れるくらい。

横断道はほとんどが川の近くを行くので途中ちょくちょく渡渉地点があったり、
特にこの日は朝方までの土砂降りの雨で道が水没しているところもあったりしたので、
長靴がベストという経験者の話を素直に聞いて長靴を履いてきて大正解でした。

私が履いていたのはきび刈りでも使っていた田んぼ用のゴム足袋。

普通の長靴より軽く、足にぴったりフィットして歩きやすいし、
ヤマビルの侵入も防いでくれるのはいいけど、かなり蒸れるところが難点。

おまけに土の上を歩くことしか考えられていないと思うので、
靴底のグリップ力はあまり信頼できず、
湿った岩の上や川を渡るときの川底の石の上などでは、
重い荷物を背負っていることもあってちょっと気をぬくとすぐツルっといくので、
その点はかなりのデメリットでした。


道が細くて茂っているのでなかなかゆっくり休憩できるようなところがない中で、
川べりで比較的視界が広く、気持ちよい場所があったのでそこで昼食。

浦内川上流
昼食休憩した川べり


ここではまだ川幅は狭いけど、この川が沖縄県内最長を誇る浦内川の上流。

このあたりは密林を静かに流れる川と生い茂る熱帯植物が、
ジャングルらしさを演出しています。

西表横断道はこの浦内川に沿って通っているので、
進んでいくにしたがって源流に近い場所から次第に川幅が広がって行く、
言うなれば一本の川の成長を眺めながら歩いて行く道でもあるのです。


3時前にキャンプ予定地、第一山小屋跡に到着。

ここはそんなに広くもなく周囲はブッシュに覆われているので
あまり開放感はありませんでした。

すぐそばを川が流れているけど、川に行くには急な斜面を下りる必要があり、
ちょっと面倒くさい感じです。

第一山小屋跡付近の川(下流方面)
第一山小屋跡付近の川(上流方向)

第一山小屋跡付近の川(上流方面)
第一山小屋跡付近の川(下流方向)
写真奥は別の川との合流地点で川底が見えないほど深く巨大魚でもいそうな雰囲気


少し休憩してテントを設営。

まだ明るいうちにすべてが片付くように、
早速薪を集めて晩飯の準備のために火をおこし始めましたが、
朝まで雨が降っていた上に、藪に囲まれたこの場所は日照時間も少ないはずで、
乾いた薪や着火剤になる枯れ葉などは限られていて、火を着けるのは一苦労。

一応、バーナーは持ってきていたのでそれを使えば簡単だけど、
せっかくのワイルドな環境だし、自分のたき火のスキルもアップさせたかったし、
とりあえずたき火の方が楽しいので、なるべくたき火をやることにこだわりました。

この日の夕食は米炊いて、前日おばあに頂いた揚げ物の残りを持ってきていたのと、
ここまで歩いてくる間に採ってきたオオタニワタリを湯がいて醤油かけておひたし。

オオタニワタリというのは西表の山の中のいろんなところに生えている着生植物。

新しい葉っぱの先端がくるくるまるまっていて、
その先端からさわってみて柔らかい部分までがおいしく食べられます。

ちなみに、西表ではこのオオタニワタリがスーパーでも売られています。

第一山小屋跡
第一山小屋跡テント風景


さて、なんとか食事も終わり、辺りがうす暗くなってきたなかで歯を磨いていると、
目の前の藪の中に弱い豆電球のような光が点滅しているのを発見!!

これがヤエヤマボタルか!!

この時期に山に入るなら蛍がきれいだぞ〜、という話を島の人から聞いていたので、
すぐにそれがヤエヤマボタルだとわかった。

ヤエヤマボタルはただ光るだけじゃなく、点滅するのが特徴。

話ではそこらじゅう蛍だらけと聞いていたけど、
その時私が見つけたのは点滅する光が一つ。

ん〜、ここは一匹しかいないのかな〜、と思っていると、近くにあと二つ発見!

ん〜、この場所はこんなもんか〜、と思って歯磨きも終わり暗くなってきたので
ひとまずテントに入ってしまいました。


それでもテントの中からメッシュ越しに外を観察していると、
ちょっと離れた藪の中でも数個の点滅する光を発見!

お〜、結構いるじゃんか〜! とちょっと興奮してくる。

しかし、その興奮は“ちょっと”では収まりませんでした。

暗さを増すにしたがって、周囲の藪の中で点滅する光の数はどんどん増え、
こんなテントの中にいる場合じゃないと外に出てみてビックリ!

周囲を取り囲む藪の中には数え切れないほどの蛍が、
それはそれは幻想的に光を点滅させていました。

うす暗くなって夕方の寂しさがただよいはじめていた第一山小屋跡が一変、
まるでそこはディズニーランドのエレクトリカルパレード!!

藪の中だけにとどまらず、あたりをふわふわと飛び回る蛍もいて、
私の顔の前数十センチのところを光を点滅させながら
ゆっくりと通り過ぎていったりもしました。

誰もいない夜のジャングルの山奥の中で私は一人で大興奮、
感動しまくり、アドレナリン大放出状態でした。



>>Day 2【第一山小屋跡〜イタチキ川】
ヤエヤマボタルは素晴らしかったけど、
川は斜面を下りて行かなきゃいけなくて面倒くさいし、
これといって居心地がいい場所でもなかったので翌日、第一山小屋跡を出発。

出発して間もなくロープを渡してある川を渡ります。

第一山小屋跡近くの渡渉地点
第一山小屋跡近くの渡渉地点。増水時は通行不可(奥が第一山小屋跡方面)
この川が山小屋跡のすぐ下を流れる川と間もなく合流する(2つ上の写真参照)


ただ渡るだけならなんてことないけど、激重のバックパックを背負って、
さらにグリップ力の頼りないゴム足袋を履いているのでゆっくり慎重に歩を進め、
途中ツルっといきそうになりながらもなんとか通過。


しかし、川を渡ってほっと一息ついたのもつかの間。

ここからまだそんなには離れてない場所だったと思いますが、
恐ろしいことに私は一度、完全に道を見失ってしまったのです。


どこかで迷った覚えもなく何の疑いもなく正しいと思って歩いていた道が、
次第に草が生い茂り、どこが道なのかわからない状態になってしまいました。

草が道をふさぎ進みずらくなった時点で引き返せばよかったのですが、
私はそこまで完全に一本道だったと思っていたので別のルートを探すという頭は働かず、
横断道がどこまで整備が行きとどいているかもわからないし、
ひょっとしたら草で埋もれている道を通る場所もあるかもしれないと思い、
見る人が見たら完全に道ではないようなところに、
その時の私はそうした勝手な思い込みから何となくの道を見てしまい、
草をかき分けながら、ちょっと違うかなと思いながらも前進して行ってしまったのです。

そして案の定、何となく見えていた道っぽい道も完全になくなってしまい、
とりあえずもう引き返すしかないと思って後ろを振り返った瞬間、
自分がとんでもない状況に置かれていることに気が付いたわけです。

もともと道などないところに勝手な思い込みで何となくの道を見ていたので、
いざ戻ろうと後ろを振り返ってもそこには戻るべき道が見当たらなかったです。

そのうえ、その辺りは同じ種類のシダ系の植物が似通って生えているようなところで、
どこをどう通って来たのかさっぱりわからなくなっていました。

枯れ草や枯れ葉で足あともつかないようなところだったと思います。

ただ、幸い自分がどっちの方角から来たのかは何となくわかっていたので、
ひとまずその方向に足を進めてみたところ、何となく道っぽい道を見つけました。

しかし厄介なことに道は二股に分かれていて、どっちからも来たような気がするのです。

最初に選択した方の道はしばらく行くと違うような気がしたので引き返し、
もう一方の道をしばらく進んでいくと、ようやく見覚えのある
太い木にたどり着くことができました。

結局、この木の反対側に先へ進むべき別の道を発見し、
その道を行くと間もなく道ばたに立っている道標が視界に入り
そこが正規のルートであることを確認できて大きく安堵しました。


この時歩いていた道はところどころよじ登って行くような場所もある急な斜面で、
私が勘違いして道だと思ったのはおそらく大雨の時に水が流れてできる
沢みたいなところだったのだと思います。

このような場所は縦走中たくさんあるので注意が必要です。

一度そこを道だと思いこんでしまうと、本来進むべき道はまったく視界に入らなくなり、
自分でも気づかないうちにいつの間にかルートを外れてしまうのです。

私はこの“思い込み”の怖さをこの後も何度か実感する場面がありました。

一度も迷うことなく縦走を終える人もたくさんいると思いますが、
遭難しやすく単独での入山を許可していない理由を身をもって体験した感じがしました。


オオタニワタリ
オオタニワタリ


しかし、不運は続くもので、この日の試練はこれだけでは終わりませんでした。

アップダウンを繰り返す細く歩きにくい道を
ザックの重さにいちいち気が滅入りながら歩き続け、
途中いきなりハブと遭遇したりしながらもようやくイタチキ川に到着。

それまで密林の中を歩いていた時は小雨がぱらついている程度だと思っていた雨は、
視界が開けたところで見ると結構本降りでした。

崖の下でしばしの雨宿り&昼食休憩。

地図ではイタチキ川を渡ることになっているけど、
ぱっと見たところ川のどこを渡ってその先の道がどこにあるのかわからず、
周りを見回してみると崖沿いに数十メートル上流に行ったところに
ロープが渡してあったのでそこを渡ってみました。

しかし、渡ってみたのはいいものの、
そこから先どこへ進んだらいいのかさっぱり分からないのです。

そこは無数の大きな岩がごろごろして陸を形成し中洲のようになっているところで、
雨が降って岩が滑りやすく重いザックを背負っての歩行はとても困難だったので、
とりあえずザックを適当なところに置いて、進むべき道の手掛かりを探しました。

その中洲を抜けてさらに川を渡った先の密林の方に行かなければならないことは
地図を見ればわかるのですが、その川をどこで渡るのか、
そして、その密林の入り口もどこにも見当たらないのです。


結局、周辺をさまよい歩き2時間、ようやく手掛かりを発見。

中洲から密林へ川の上を渡してあるロープを見つけて、よし!と思ったのもつかの間、
そのロープをつかんでみるとその先はまったく固定されていない。

縛りつけていた木が流されてどこかにひっかかっているような感じ。

どうやらそのロープは昔利用されていた残骸のようでした。

しかし、そのロープが伸びている近くの木に目印のテープが巻きつけてあるのを発見!

色あせていてかなり古びたテープで、
今は使用されていないものだということはすぐにわかったけど、
残骸とはいえ川にロープが架かっていてその先に目印のテープがあるということは、
今は利用されていないとしても、以前はここを通る人もいたということの証拠。

そしてそのテープのところからは、草は生い茂っているものの
何となく道のように見える道が奥へと続いていました。

もう、ここを行くしかないと思い、私は置いてあったザックをとって戻ってきて、
茂みをかき分け道のような道じゃないような道を進むことにしました。

少し行ったところで沢に出て、その沢を登って行こうとしたときに、
沢の向こう岸にけもの道のような道が伸びているのが一瞬視界の端に見えました。

すぐに沢を渡り、いまだ半信半疑でその道を進んでいくと、
なんと急に広い空地に出たのです。

・・・なんだここは?

たとえば、ジャングルの中で長年眠っていた古代遺跡を発見した人などと
その時の私はたぶん同じような気分だったと思います。

??? ←こんな感じです。

いきなり現れたその空地の意味がまったくわかりませんでした。

たき火の跡があったので、もしかしたら誰かかなりワイルドな人がここを開拓して、
最近まで住んでいたんじゃないかという妄想まで膨らみはじめました。

ここがどこだかまだわからないけど、とりあえず人がいた形跡があるところに
今自分がいるということと、今日のテント場を見つけたことで
ようやく緊張の糸が少しほぐれました。

私がその空地に着くのとタイミングを同じくして
また雨が強くなってきたので、しばらく雨宿り。

小降りになってきたところで早速テントをたてることにしました。

テントを張る場所を考えながら空地の中を歩いていたとき、
それまで倒木に隠れて見えなかった道標を発見!

つまり、今自分がいるこの空地は
横断道の正規のルート上にあることがその時はじめてわかったのです。

一時は来た道を引き返し、大富に戻ることも考えたので、
この道標を見つけた時は本当に嬉しかったです。

そして、この日も夕方うす暗くなると無数の点滅する光に癒されました。



>>Day 3【イタチキ川空地】
夜中も降り続いた雨は明け方にはやみ、太陽が顔を出しました。

早速、空地のすぐわきを流れる沢で洗濯。

そして、素っ裸になって水浴び。最高の気分でした。

イタチキ川空地テント風景
イタチキ川空地テント風景


続いて薪拾い。

雨で湿っている薪や落ち葉を陽の当る所に並べて乾燥させることにしました。

薪乾燥
薪、落ち葉、足袋乾燥中


空地のすみっこに、前ここを利用した人が集めていった薪がそのままになっていて、
その中からベストサイズの薪があれば乾燥させて使おうと思い、
積み重なっていた薪の山を上からどかしていたら、なんとビックリ!!

目の前に黄金色の大きなハブが出現!!

黄色のハブ
黄金色のハブ(クリック拡大)


発見するまで私はかなり乱雑にがさごそ薪を動かしていたけど、
この黄金のハブは微動だにせず、このくねくねの状態をキープしていました。

なんだかよくわからないけど、
その圧倒的な存在感に敬意をこめて手を合わせて拝ませていただきました。

空地の入口のすぐわきなので、
最初は通るたびに刺激しないように忍び足をしていましたが、
まったく動く気配がないのでそのうち恐怖心もなくなりました。


この日はのんびり過ごすことに。

近場を散策してわかったのは、この空地を出てまっすぐ
浦内川沿いの岩肌の上を歩けるようになっていて(増水時はきびしいかも)、
それを行くと浦内川にT字に合流するイタチキ川に出ます。

こっち側(軍艦岩方面)から来た時は川の向こう側に目印があるのがすぐ見えるので、
そのまま川を突っ切って反対側に行けばいいというのがすぐわかるけど、
前日の私のように向こう側(大富方面)から来た場合は、こちら側に何のサインもないので、
少し上流に行ったところに渡してあるロープに最初に目が行き、
そこから渡ってしまうというのは自然な流れだと思いました。

増水時に渡る用に設けてあるロープなのかもしれませんが、
大富方面から来た場合にはかなり紛らわしいです。

縦走していてところどころで思ったのは、
ポイントポイントにあるいろんな目印はやはり順走にわかりやすく付けられていて、
今回の私のように大富側からの逆走に対しては、このイタチキ川の渡渉地点のように、
あまり考えられていないところもあるような気がしました。


空地に戻ってみると、あの微動だにしなかったハブがいなくなっていました。

一安心と思いきや、暗くなって水場に行くのに近くを通ったとき、
足に何かが当たって、木の枝とは違う感触で何だろうとライトで照らしてみると、
私の足元から遠ざかって行くハブが見えてびっくりでした。

私がハブを蹴ってしまったようで、びっくりして逃げて行った様子でした。

どうやらお互いにびっくりしたみたいです。



>>Day 4【イタチキ川空地】
この日もイタチキ川空地にテントを張ったまま、
イタチキ川の上流にある、西表島縦走のハイライトとも言える
マヤグスクの滝を訪れました。

マヤグスクの滝
マヤグスクの滝


滝そのものもかなり見ごたえがあって感動的なんですが、
その滝がある場所がまたすごかったです。

周りの秘境的な景観がそれだけで圧倒的な存在感のあるマヤグスクの滝を
さらに神秘的に映し出し、自然の中に神を感じ崇拝する気持ちを起こさせてくれます。


マヤグスクの滝(古い携帯なのでかなり画質がわるいです)


しばらく滝を見ていたら、この段差を利用して上まで登れるような気がしてきてしまい、
登れそうなところを探してみるとなんとか行けそうだったので、登ってみることにしました。

聖地と言ってもいいようなこの場所に登ってもいいものか少しためらいながらも、
滝の上がどうなっているのか見てみたかったので、
自分なりに心の中で断りを入れて登ってしまいました。


しかし、登ってみて大正解。

何千年、何万年と変わらない風景がそこにはあるような気がしました。


もしかしたら、ここに登ってこの風景を見たのはおれが初めてかもしれない、
なんてことを思ったりもしましたが、しばらくして一人の女性とそのガイドが登ってきて、
しっかりとトレッキングコースに組み込まれていることがわかりました。

探検家気分で、ちょっと妄想に浸りすぎてしまったようです。


マヤグスクの滝の上(古い携帯なのでかなり画質がわるいです)


この近くに小屋でも立てて暮らせたら最高だ。

ふたたびそんなことを妄想しながら、
エネルギーに満ちあふれている大自然をしばらくの間全身全霊で感じました。


途中、瞑想をしたりもして、結局滝の上には3時間くらいいました。

午後からくもってきたので戻りましたが、
ずっと晴れてれば何時間でもいたいくらいでした。


ちなみに、横断道から滝までの道は道標や指標はありませんが、
とりあえずイタチキ川の崖沿いを上流に向かって歩いて行くと、
ブッシュの入口に目印のテープがあるので、
あとはところどころにあるテープを注意深くたどって行けば、
迷うことなく行けると思います。(片道20分くらい)



>>Day 5【イタチキ川空地】
午前中、空地の前の浦内川で素っ裸で沐浴。(というかただの水浴び?)

そして、昨日一日だけでは満足できず、昼ごろからふたたびマヤグスクの滝に行きました。

この日は滝の上で素っ裸になって水浴びをしたあと、
また瞑想したりぼけっとしたりして贅沢な時間を過ごしました。

手付かずの自然の中では裸であることが本来の姿のような気がするし、
その方がより自然の中に溶け込める感じがするのですが、変でしょうか?

まあ、人がほとんどこないところだからできることですけどね。



>>Day 6〜8【イタチキ川空地】
イタチキ川のこの空地は、すぐ近くにきれいな沢も流れているし、
周りは茂みで囲われているけど第一山小屋跡のような圧迫感はないし
数歩歩いて川に出ればとっても開放感があるので、とても居心地がよかったです。

結局、この空地には7泊しました。

もっと早く出てもよかったんだけど、山を下りたあとに予定している
西側の海を歩くルートは干潮の潮位がある程度下がらないときびしいので、
いずれにしろどこかで潮待ちをする必要があって、
それならここにずっといてしまえと思ったわけです。


この空地にいた間は、洗濯や水浴びなどのほかに、瞑想をしたり、
日の光を受けて鮮やかに発色している植物や風に揺れる木々や
瞬間瞬間を懸命に生きている生き物たちを観察したりして過ごしました。

ただぼけっと木や空を眺めているだけなのに、なぜかとても充実感があるのです。

心が満たされているような、癒されているような、そんな感じです。

そして、夕方から夜に変わるほんの1時間くらいの短い時間ですが、
ヤエヤマボタルの幻想的なイルミネーションに毎日見とれていました。


食事は、食パンやバナナや魚肉ソーセージなどは2、3日でなくなり、
それからは朝はクラッカー、夕方にオオタニワタリや大根入り味噌煮込みおじやの
1日2食が定番になってました。

キャンプ料理
ある日の調理風景


私がこの空地にいた間に来た人はたった3組。

マヤグスクの滝で会った女性とガイドのペア。このペアは日帰り。
その同じ日の夕方に空地に来た男2人組。彼らはそのまま先を急いで通過。
もうひと組は最後の夜にやってきた男3人組。彼らはこの空地にテント泊。

残りの日はジャングルの山奥の中で完全に私一人でした。(そりゃ素っ裸にもなるでしょ?)

この3組はすべて軍艦岩方面からやってきました。

どうやら私のように大富から来る人はほんと少数派みたいですね。


ちなみにこの空地は、増水時は危険な状況になるらしいので注意しましょう。



>>Day 9【イタチキ川〜船浮】
朝から文句なしの晴れ。
7泊したこの場所に別れと感謝を告げ、出発しました。

ここから先の道は楽勝だろう、なんて思っていたけど、
出発後まもなく道に迷ってしまいました。

ブッシュを抜けて一度川に出るところがあって、
私はその川がそれまで並行して歩いてきた浦内川だと思ったので、
少し川沿いを歩いたらまたブッシュに入るところがあるだろうと思い、
川沿いというか沢登りみたいな感じで石の上をなんとか進んでいったものの、
入口らしきところはないし、川もそれ以上先に進めそうな道が見当たらない。

どうしたものかと思案していると、
その川が浦内川だったら歩いている方向が下流じゃないといけないのに、
今は上流に向かって歩いていることに気が付いたのです。

そこで地図をよく確認してみると
その川は浦内川に流れ込んでいる支流だということがわかりました。


ということは、私がブッシュから出てきたところから、
この川を渡った向こう岸に入って行く道があるはず。

探したところ入口が見つかり、ようやく先へ進むことができたのです。


ここで迷ってしまった原因は、
地図では、川を渡る場所には渡渉地点のマークがいままで来た道には付いていたのに
イタチキ川から先にはそのマークがなかったので
私はもう渡渉地点はないものだと思い込んでいたわけです。

だから最初にブッシュを抜けて川に出たとき、
この川を渡った向こう岸に進むということはまったく頭になかったのです。

“思い込み”の怖さですね。

あと、私が出てきた方には向こう岸からよく見えるところに目印のテープがあるのに、
向こう岸の入口にはテープがない。

やっぱり逆走はちょっと迷いやすいです。


この川を渡ってすぐのところにあるのが、当初宿泊予定地として考えていた第二山小屋跡。

どうしてここを予定地にしていたかといえば、
営林署でもらった地図ではテントが張れそうな場所は
初日に泊った第一とここの第二山小屋跡くらいしかわからないのです。

第二山小屋跡に泊るなら、そこからそれほど遠くない
イタチキ川の空地を私はおすすめします。


地図を見た感じでもわかりますが、大富からイタチキ川までの道よりも
この日歩いていたイタチキ川から先の道の方が歩きやすく、
それに加え、私の場合は食糧が減ったので荷物が軽くなったせいもあり、
結構すいすいと行けました。

密林の道の終点、カンピレー口に出た時は
達成感と安堵感が入り混じり、なんとも晴れ晴れとしたハッピーな気分でした。


カンピレーの滝から先は急に観光客がたくさんいてちょっとびっくりもしたけど、
「写真撮ってくださーい」と何度か声掛けられたりもしてちょっとほっとする自分もいました。

西表島に来る観光客の99%以上の人は
このカンピレーの滝まで来て引き返していってしまうのでしょう。

カンピレーの滝、マリユドゥの滝を鑑賞。

マリユドゥの滝の近くまで下りる道は通行止で行けませんでした。

カンピレーの滝
カンピレーの滝

マリユドゥの滝
マリユドゥの滝(浦内川展望台より)


浦内川展望台でゴム足袋から足袋に履き換えて、
すれ違う観光客の人たちとあいさつを交わしながら遊歩道を軽やかに歩き
ようやく縦走のゴール、船着き場のある軍艦岩に到着。

軍艦岩船着き場
軍艦岩の船着き場


ボートのおじさんの話では、こちら側から縦走する場合は
二人以上じゃないとボートに乗せないらしいので、単独で行く場合は
いずれにしろ大富から入るしかなかったみたいです。

他にも船浦湾の方からテドウ山を経由して
カンピレーの滝付近に出てくるルートもあるみたいだけど
ほとんど人も通らない道だと思うので登山慣れした人じゃないと難しそうです。


ほとんど待つことなくちょうどいいタイミングでボート出発。

ボートの料金は確か1800円。片道でも往復でも同じ。

片道しか乗らない私にとってはちょっと高いです。


でも、縦走が終わった後のボートは最高の気分でした。


浦内川遊覧


浦内川河口の船着き場に到着後、そこから通りに出てバスに乗る予定だったけど、
時刻表を見るとちょうど行ってしまったばかり。

次のバスまではかなり時間があったので、
船着き場からほど近い炭坑跡に行ってみることにしました。


私は遺跡が好きだったりするので、
以前カンボジアで見たアンコール遺跡を思い出させるような
ここの光景には意外にも興奮しました。

ウタラ炭坑跡
ウタラ炭坑跡

ウタラ炭坑跡
ウタラ炭坑跡


ここは戦前、戦中の時代に栄えた炭坑で、
かつては映画館や芝居小屋、商店などもあったらしいです。

しかし、その裏では人間扱いされない過酷な労働とマラリアなどで
たくさんの人が命を落としたという歴史があるんだそうです。

ウタラ炭坑跡案内板
ウタラ炭坑跡案内板


浦内橋からバスに乗って向かった先は、終点の白浜。

白浜にある商店で少し食糧を調達して、船浮行きのフェリーを待ちます。

待っている間に食べた菓子パン、久しぶりの街の味はおいしかったです。


しばらくしてフェリー到着。船浮へ。


フェリーで白浜から船浮へ


船浮は西表島内の集落で、陸続きではあるけど道路が通じていないため、
この小型フェリーが唯一の交通手段。

そのため「陸の孤島」といわれています。

船浮
船浮


フェリーが到着して、実際に集落内を歩いてみると
さすが陸の孤島というだけあってちょっと別世界。

時間がかなりゆっくり流れている感じがしました。


船浮の集落は半島の東側に面していて、私のこの日の目的地は半島の西側にあるイダの浜。

イダの浜には田舎道が続いていて、その道もほんとのんびりしていていい雰囲気でした。


イダの浜へ行く道
イダの浜へ続く道


西表島縦断のあとに計画していた西側の海を歩くルートは
この船浮にあるイダの浜が起点になります。

イダの浜
イダの浜


この日私が到着したときはちょうど西日が当たって海がきらきらしていて、
静かに打ち寄せる波が無数に散らばるサンゴのかけらをシャラシャラ鳴らしていました。

写真ではいまいちわかりませんが、このイダの浜は本当に静かで美しいところでした。


ところで、イダの浜はキャンプ場になっていて、
テントを張るのは有料だという話を聞いていたけど、
受付だと思われるところに行ってはみたもののもう長いこと閉まっているような感じで、
敷地内にある水道は止まっているし、トイレやシャワーなども完全に封鎖されていて、
とても営業しているようには見えませんでした。

仕方がないので勝手にテントを張らせてもらっちゃいました。

ただ、ここで補給するつもりでいた水がないのが痛かったですが、
夕食に米を炊かないでその分を次の日の飲み水にまわすなりして
なんとか間に合わせることにしました。



さて、だいぶ長くなりましたが「サバイバルキャンプ@西表島【山編】」はここまで。

いよいよ翌日からは海を歩きます。


サバイバルキャンプ@西表島【海編】に続く



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サバイバルキャンプ@西表島【序章】

約4ヶ月間に及ぶ西表島でのきび刈りが終わった後もすぐには移動せず、
私はある目的のためにしばらく島に残りました。

その目的とは、西表の大自然の中でのサバイバルキャンプです。

今回の西表島行きの本来の目的は、実はきび刈りではなく、
このサバイバルキャンプにありました。

ふつうは、きび刈りに行ったついでに
のんびりキャンプでもしようという流れだと思いますが、
私の場合はきび刈りがついでです。

せっかくはるばる西表に行くんだったら、ついでにきび刈りもやってしまえ!
みたいな感じでした。


きび刈りについてはこちらの記事を読んでいただくとして、
それ以前に、そもそもどうして西表島でサバイバルキャンプなのか。



まず、私には、

自然に溶け込みたい! 
自分も自然の一部だということを常に実感していたい! 
いつどんな状況でも自然を味方につけたい!

というニュアンスの強い欲求があります。

ちなみに、昨年、熊野古道の大峰山脈を縦走したのも、
こうした欲求が少なからず関係していると思います。


この欲求が以前にも増して強くなったきっかけがいくつかあって、
その一つが、トム・ブラウン・ジュニアの「ヴィジョン」という本です。

子ども時代のトム・ブラウン・ジュニアが
ネイティブアメリカンの古老から彼らの叡智を学んでいき、
次第にスピリチュアルな世界を生きるようになる話。

ここ数年で読んだ本の中でも特に印象に残っています。

ぜひ一読をおすすめします。すごい本です。


そして、昨年のニセコでの生活でも、
自然の中で生きるたくましさを強く意識しました。

他にもいろんな経験がきっかけにはなっていると思いますが、
まあこんな感じで必然といえば必然な流れで、
とりあえず「サバイバルがしたい!」というところに行きついたわけです。



さて、西表島は、日本のアマゾンと形容されることもあるように
島の90%が亜熱帯のジャングル(原生林)に覆われていて、
特別天然記念物のイリオモテヤマネコをはじめ、
固有種の動植物や、豊かな植生にあふれていることから、
島の観光パンフレットなんかには、東洋のガラパゴスと書かれていたりもします。

西表島のことは何度か友達から聞いていて、
ジャングルがすごいとか、季節によって山や海の幸がとれるとか、
島のあちこちでテント暮らしをしている人もいるという話も聞いていました。


そして今回ぼんやりと、サバイバルがしたいと思ったときに、
友達から聞いていた西表のことがすぐに頭をよぎり、
いよいよ自分も西表島に行くときが来たかな、と思ったのです。


西表にはきび刈りで何度か行っていたその友達に、
きび刈りの仕事先について電話で聞いてみたところ、
知り合いの農家に聞いてみてくれるという話でした。

早速、翌日に友達から電話があって、話によると、
前日私が電話した数時間あとに、あてにしていた知り合いの農家さんから
いきなり何の前触れもなく電話がかかってきて、

「今年誰かきび刈りやりたい奴いないか?」と。


そんなちょっとしたシンクロがあったりして、今回の西表島行きが決まりました。



西表には島を縦走するルートがあることは聞いていたので、
とりあえず、縦走は必ずやることと、
人が住みついているというどこだかの廃村にも行ってみたい。

あとはどこかあまり人が来ないような山の中で、
キャンプしながら生活してみたい。

島に行った当初はこんな感じのざっくりとした計画があるだけでしたが、
きび刈りをやっていた4ヶ月の間にいろんな話を聞いているうちに、
だんだん具体的なルートが出来上がって行きました。


最終的に計画したルートは、まず大富を出発して浦内川までの縦走と、
陸の孤島船浮から網取、崎山を経由して島の西側の海をひたすら歩いて鹿川へ。
そこから、南岸をまたひたすら歩いて南風見田まで戻ってくるというもの。


縦走に関しては、実際に行ったことある人の話を聞いたり、
営林署で地図をもらえるという情報をゲットして、地図を手に入れたので、
まあなんとかなるだろうと思ってました。

ちなみに、縦走する際は営林署と駐在所に事前に届け出をして、
入山計画書を提出し、戻ってきたらまたその報告が義務付けられています。

これはそれだけ遭難する人が多いからで、
きび刈りで住み込みをしていた農家の親方をはじめ島の人たちにも、
行くなら届け出をしていけとしつこく言われました。


・・・が、私は届け出をしたとウソついて無断で決行!!

Sさん、ウソついてすみませんでした!

ただ、それにはちゃんとした理由があります。


★理由その1 計画なんてたてられない。

私は、縦走の途中でどこかいい場所があったら
そこで気が済むまでキャンプしたいと思っていたので、
あらかじめ計画などたてられませんでした。

★理由その2 単独行は禁止されている。

これは計画書以前の問題ですが、単独での縦走は禁止されていて、
営林署に届け出を出したところで許可が下りないのです。

中には、縦走仲間をキャンプ場などで探すまじめな人もいるみたいだけど、
私ははなから無断で行こうと思ってました。


さて、地図も手に入れたことだし縦走は何とかなりそうな感じでしたが、
島の西側の海を周るルートはまったくの未知の領域で、
ただ一つわかっていたことは大潮の干潮時をねらって行く必要があるということくらい。

情報が少なく漠然としすぎていて、
本当に行けるのだろうかという不安が少々ありました。


しかし、私にとっては毎度のことですが、なぜか不思議と道は開かれるもので、
この時もそんな不安をやわらげ、行けそうな気にさせてくれる出来事があったのです。


きび刈りも残すとこあと10日くらいという日の休日。

天気もよかったので、午後から下見がてら南風見田の浜に出かけてみることにしました。

南風見田の浜周辺は一見何事もないように見えますが、
ちょっと注意して見てみると藪の中のいろんな場所に、
目立たないようにひっそりといくつもテントが張ってあります。

なかには、さとうきびの季節に製糖工場で働いて、
何年もそこでテント生活をしている人もいたりします。


そんな藪の中をちらちら眺めながら、
浜伝いに西へ向かって南風見田のさらに奥へしばらく歩いて行くと、
アドベンチャーガイドみたいな恰好をした人が一人で釣りをしていました。

普通の観光客はこんなところまで来ないし、
そうかといって地元の人のような感じでもなく、
でもこの辺のことをよく知っていそうな雰囲気もあって、
自分でもよくわからないけど何となく声をかけてみました。

そのおじさんはこの浜で2ヶ月くらいキャンプしながら釣りを楽しんでいる人で、
いろいろ話してみると、なんと私がこれから行こうとしている
西側の海沿いも歩いたことがあるということがわかりました。

私がそのことについて質問を重ねていると、
例のごとく藪の中に張ってあるその人のテントに招かれ、
たくさん書き込みのしてあるねんきの入った西表島の地形図を広げて、
水場の位置や、キャンプ適地、一部リーフが切れているところの迂回ルート、
その他注意が必要な場所いろいろ、
さらに潮見表を見ながら、次の大潮だったら何日から何日までがいいとか
移動するのは干潮前後2時間くらいがベストなどなど、
他にもあげればきりがないほどとても詳細な情報を教えてくれました。

おじさんは毎年この時期に西表に来ているらしく、
つまり、経験豊富なベテランだったのです。

実際にこのルートを歩いているとき、
いろいろな場面、場所でこの人の一言一句につくづく感謝しました。

西表ナイヌ浜の奇岩
おじさんがテントを張っていた浜(ナイヌ浜)にあった奇岩



こんな不思議な一期一会も手伝って、
今回のサバイバルキャンプの準備が整ったというわけです。


サバイバルキャンプ@西表島【山編】へ続く



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